2015年に制作した装飾写本の画像を掲載しました。
澄明庵だより(8)
これまで制作した装飾写本(製本済み、装丁済み)を数回に分けて掲載します。今回は『カンタベリー物語』の「総序」です。
澄明庵だより(7)
8月の花を掲載しました。→ こちら
澄明庵だより(6)
2020年澄明庵の春 を掲載しました。
澄明庵だより(5)
『カンタベリー物語』の代表的な装飾ページの零葉を掲載しました。
澄明庵だより(4) The Luttrell Psalter と the Grotesques
The Luttrell Psalter (1330 ~ 1345) という写本があります。リンカーンシャーの Sir Geoffrey Luttrell III の委嘱により作成された大部の装飾写本ですが、特徴的なのはマージンに グロテスクと呼ばれる奇妙な挿絵がたくさん描かれていることです。ほかの後代の写本には殆ど確認することはできないのですが、不思議なことにチョーサーの『カンタベリー物語』にも3点ほどグロテスクと思われるものが確認できます。。
澄明庵だより (3) W. Morris と Kelmscott Press
モリスは亡くなる5年前(1891年)にケルムスコット・プレスを設立します。詩人として、装飾デザイナーとして、小説家として、社会主義活動家として彼は様々な分野で才能を発揮しましたが、最晩年の5年間、中世の装飾写本や揺籃期本への想いを新たに、あたかも魂の安らぎをもとめるかのように、彼は自らの理想とする書物出版に最後のエネルギーを捧げることになります。ケルムスコット・プレス設立の目的を彼はこのように語ります。
I began printing books with the hope of producing some which would have a definite claim to beauty, while at the same time they should be easy to read and should not dazzle the eye, or trouble the intellect of the reader by eccentricity of form in the letters.
美しくて読みやすく、しかも目に優しく判読しやすい活字を使った本を作りたいという思いがあったことが分かります。当時モリスの目に映っていた印刷本は概して奇を衒うような活字が踊る読みにくい本で、美的な要素が感じられないようなものであったということでしょうか。彼はその理想を実現するために、紙、活字の形(フォント)、文字間隔、語形、行間隔、ページ・レイアウトにいたるまで細かく条件を規定しています。例えば、紙は一般的な「コットン紙」ではなく、「リネン紙」でなければならない。しかも耐久性と見た目を考えて量産紙ではなく、手漉きの紙でなければならない。さらに活字はローマンタイプで、不必要な装飾のない純粋なフォントであるべきである。このようにすべての要素に対して緻密な計算をしてゆきます。そして最後に、後代 「モリスの法則」 として広く知られるようになるページ・レイアウトについてこのように語ります。
Lastly, but by no means least, comes the position of the printed matter on the page. This should always leave the inner margin the narrowest, the top somewhat wider, the outside (fore-edge) wider still, and the bottom widest of all. This rule is never departed from in mediaeval books, written or printed.
中世の装飾写本の見開きのページが正にこのようなマージン設定になっています。すなわち、「天」(ページの上の余白)のスペースが 1 ならば、「地」(ページの下の余白)のスペースは 2 以上、左右のページのそれぞれ外側のスペースは綴じ側のスペースの2倍というレイアウトになっています。モリスは印刷本であっても、中世の装飾写本を理想としていたことが分かります。紙がリネン紙であるべきと断っているのも、中世の羊皮紙の紙面の光沢と美しさにこだわっていたからなのでしょう。
澄明庵だより(2)
『方丈記』の作者 鴨長明の名前から音を借り、静かで透き通るような明るさに包まれた庵という意味を込めて「澄明庵」という名前をつけました。独り山奥に庵を結んで生きるだけであれば、単なる世捨て人、隠者の生き方に過ぎません。しかし、現代社会においては、たとえ隠者と言えども社会とのかかわりを完全に絶って生きることは不可能です。関わりを持つ以上、何らかのポジティブな関わり方を維持したいと考えています。その意味で、今後自分にできることは現代日本社会が進んでいると思われる方向とは真逆で無視され始めていると思われるテーマについて何らかの発信をすることだと思うのです。今日の日本社会は19世紀ヴィクトリア朝のイギリス社会にきわめて似ているように感じられます。貧富の差が拡大し、貧しい人たちは限りなく貧しく、富める者は想像を絶するほどの富を享受しています。中世社会と人々の暮らしという視点から、このような社会状況に警鐘を鳴らした人物がいました。イギリスではウィリアム・モリス、日本では柳 宗悦です。これらの人たちに関して、今後少しずつ発信してゆきたいと思います。